火遠理命(ほおりのみこと:山幸彦)は、塩椎神(しおつちのかみ)の教え通りにお進みになりました。
すると、塩椎神(しおつちのかみ)の言った通り、魚の鱗(うろこ)のように屋根を葺(ふ)いた宮殿にたどり着きました。
そして、これもまた言われたように、井戸の傍らにある桂の木に登り、その上で座ってお待ちになっていらっしゃると、
綿津見之神(わたつみのかみ:海の神)の娘の豊玉毘売(とよたまびめの)の侍女(じじょ:王族・貴族、上流階級のの婦人などに仕える女性の召使)が現れたのです。
侍女は玉器(たまもい:美しい器)で、井戸の水を汲(く)もうとした時に、井戸の水面(みなも)に人影が映っていたので、
ふと振り返り見上げると、木の上に麗(うるわ)しい男神が腰かけておられます。また、一体どうしてここにいるのか不思議に思いました。
山幸彦は侍女に、
「水をくれないか」
とお求めになったので、侍女は水を汲み、玉器に入れて差し出しました。
しかし、山幸彦はその水をお飲みにならずに、自分の首飾りの玉をはずし、その玉を口に含み、差し出された玉器の中に唾と一緒に吐き出されたのです。
すると、吐き出された首飾りの玉は玉器の底にくっついて、取れなくなってしまいました。
侍女は、玉がくっつき取れないので、仕方なくそのまま豊玉毘売(とよたまびめの)の元へ運び、差し出しました。
豊玉毘売(とよたまびめの)は、そのくっついている玉を見て、
「もしや、門の外に誰かいたのですか?」
と、侍女に問うと侍女は、
「井戸の傍の桂の木の上に人がおりました。それは、とても麗しい男性でした。海神(綿津見之神:わたつみのかみ)と同じくらい、いえ、それにも益(ま)して貴い方でございます。
その方が「水が欲しい」と仰せになったので、差し上げたのですが、水をお飲みにならずに、この玉を吐き入れたのです。すると、この玉が玉器の底にくっついて離れなくなってしまいました。ですので、仕方なく、くっついたまま持って参りました」
この話を聞いた豊玉毘売(とよたまびめ)は、どういうことかと不思議に思い門の所へと向かいました。
そして、そこにいた山幸彦を一目見るなり、その麗しい御姿に心を奪われ、たちまち一目惚れしてしまい、二人はしばらく見詰め合っていたのです。
山幸彦に一目惚れした豊玉毘売(とよたまびめ)は、さっそく父の海神に、
「この宮殿の門の所にとても麗しい方がいらっしゃいました」
と申し上げました。そして、海神は門の所へ見に行くと、驚いた様子で、
「この方は、天津日高(あまつひこ)の御子(神)、虚空津日高(そらつひこ:山幸彦のこと)ではないですか」
といい、すぐに山幸彦を宮中にご案内し、急いで、海驢(あしか)の皮の敷物を幾重に敷き、またその上に絹の敷物を幾重にも敷き、
その上に山幸彦を座らせ、また、たくさんの物品を載せた台を用意(下にも置かぬおもてなし)して、ご馳走をしました。
そして、ついに山幸彦と豊玉毘命(とよたまびめ)は結婚なされたのです。
その後、豊玉毘売(とよたまびめ)は、兄の海幸彦の釣り針を探しに来たはずなのですが、三年(みとせ)もの間、宮殿にお住みになられたのです。